AKUMATO
DINNER

NOMI RESTAURANT / 京都府福知山市

NOMI RESTAURANT

美味しさの理由を知る、一つの舞台。

皿にのったハンバーグ

京都駅から特急で約1時間。そこからさらにタクシーで20分ほど。

タクシーも簡単には捕まらず、支払いは現金のみ。決して便利な場所ではない。

それでも、食事を終えて帰る頃には、またこの場所を訪れたいと思っていた。

京都府福知山市にある、NOMI RESTAURANT。

ここで過ごした時間は、単に美味しい料理をいただくというものではなかった。

一皿が完成するまでの過程を知り、作り手の思想に触れ、その理由を自分の舌で確かめる。

食事でありながら、一つの舞台を見ているような、唯一無二の体験だった。

美味しさの理由を知る、一つの舞台

NOMIでは、お父さんが一皿ごとに込められたこだわりや、その背景を丁寧に説明してくれる。

そのすぐ横では、兄弟たちが食材に包丁を入れ、出汁をとり、料理を仕上げていく。

なぜその食材なのか。なぜその道具を使うのか。なぜ、その調理法でなければならないのか。

語られる理由と、目の前で行われる仕事。そして、その先に完成する一皿。

そのすべてがつながっている。

これほど徹底した技術と思想がありながら、空間は驚くほど温かく、柔らかい。

サービスを担うご両親ともう一人の女性の存在も、その心地よさをつくっていた。

堅苦しさはなく、料理の背景を聞くことも、目の前の仕事を眺めることも、純粋に楽しい。

派手な演出があるわけではない。

料理そのものと、そこに至る過程が、一つの上質なエンターテインメントになっていた。

食材に、余計な負担をかけない

NOMIで繰り返し感じたのは、食材に対する向き合い方の徹底ぶりだった。

魚も、肉も、野菜も。食材にはできる限り余計な負担をかけない。

愛媛の漁師、藤本純一さんから仕入れる魚の話が印象に残っている。

網を引くときには、魚より速く引かないという。

魚が網に押し付けられることでストレスを受け、身が硬くなったり、臭みにつながったりすることを避けるためだと説明してくれた。

その藤本さんが獲った鯛をいただいた。

ライムと塩、わさびを添えた鯛の刺身

口に含むと、魚特有の生臭さをほとんど感じない。それでいて、しっかりとした弾力がある。

噛めば噛むほど、鯛の旨みがゆっくりと広がっていく。

魚をどう調理するかだけではない。

どのように獲るかという段階から、美味しさへの取り組みが始まっている。

仕入れ先を選ぶことも、料理人の仕事の一部なのだと感じた。

切れ味が、味を変える

NOMIの料理を語るうえで、包丁の存在は欠かせない。

切れ味によって食材の味わいが変わる。

その違いを、きゅうりを使って目の前で実演してくれた。

器にのせた2切れのきゅうり。断面の質感が異なる

一般的な包丁で切ると、音がする。断面には細かな筋が見える。

一方、極限まで研ぎ上げられた包丁では、切るときにほとんど音がしない。断面も驚くほど滑らかだった。

そして、実際に食べ比べる。

普通の包丁で切ったきゅうりは、口に含んだ瞬間から青い香りが広がった。

ところが、よく切れる包丁で切ったものは、噛むまでその青さをほとんど感じない。

同じきゅうりなのに、香りが現れるタイミングまで違う。

目で見て、耳で聞き、舌で確かめる。

切れ味が味を変えるという言葉を、説明ではなく体験として理解した瞬間だった。

切られたことに、気づかない

その技術を、さらに強烈に感じたのが人参だった。

器にのせた人参の一皿

口に含み、舌で表面に触れた瞬間、思わず疑った。

何か薄いフィルムでも貼り付いているのではないかと思うほど、滑らかだった。

包丁によって、ここまで食感が変わるのか。

さらに驚いたのは、その人参がスーパーで売られている、ごく普通のものだったこと。

あえて特別な食材を使わず、包丁の切れ味によってどれほど違いが生まれるのかを体験してもらうためだという。

高級食材でも、希少な品種でもない。

誰もが知っている人参で、これほどの驚きを生み出してしまう。

「切られたことに気づかない」

そんな言葉が浮かぶほどの、滑らかな断面だった。

素材の価値を決めるのは、希少性だけではない。

料理人の技術によって、ありふれた食材にも、まだ知らなかった魅力が現れる。

そのことを、これほど鮮明に感じた経験はなかった。

骨を感じさせない鱧

鱧もまた、包丁の技術を実感した一皿だった。

椀に盛られた鱧

骨を取り除くのではなく、骨ごと細かく刃を入れているという。

それを聞いたとき、多少は骨の存在を感じるだろうと思っていた。

ところが、実際に食べると、まったく気にならない。

あれほど細かく、丁寧に刃を入れることで、ここまで変わるのか。

思わず笑ってしまった。

人参の滑らかさも、鱧の食感も、ただ美味しいという感想だけでは足りない。

なぜそうなるのかを聞き、実際に確かめることで、一皿への理解が深まっていく。

NOMIでは、その繰り返しが途切れることなく続いていた。

一皿のために、二十本の包丁

鹿と猪、そして少量の豚を合わせたハンバーグ。

この一皿にも、途方もない手間がかけられていた。

皿にのったハンバーグ

肉を機械で挽くのではなく、包丁で切って挽肉にしているという。

一回のコースで使用する包丁は約50本。そのうち20本を、このハンバーグのために使うと聞いた。

包丁を研ぐ時間だけでも、約5時間。

その数字を聞くだけでも驚くが、目の前に料理が運ばれると、その手間が単なるこだわりではないことが伝わってくる。

さらに、合わせる米も自分たちで育て、収穫し、精米する。

それだけでは終わらない。

精米した米を広げ、割れた粒を一つひとつ取り除き、炊き上がりの粒立ちまで考えているという。

肉を切るために何本もの包丁を使い、米の一粒にまで目を向ける。

ここまでくると、もはや執念という言葉でも足りない。

正直、狂気すら感じた。

けれど、その途方もない手間には、すべて美味しさを追求するという明確な理由がある。

その姿勢に、ただただ圧倒された。

命をいただくということ

NOMIで最も深く心に残ったのは、食材への敬意だった。

ジビエは罠によって捕獲しているという。

処理についても、血抜きだけを重要視するのではなく、命を止めてからいかに早く体温を下げるかを大切にしていると話してくれた。

また、出汁をこすときも、煮込むときも、ステンレス製の道具は使わないという。

香りへの影響を避けるためだという説明だった。

漁の方法から、捕獲後の処理、包丁の研ぎ方、調理器具の素材に至るまで。

一つひとつの選択に理由がある。

そして、その根底にあるのは、命をいただくことへの敬意だった。

いただく命、止めてしまう命に対して、できる限り美味しく調理することが敬意なのだと話してくれた。

この言葉が、強く残っている。

美味しい料理を作るために食材を大切にする。

それだけではない。

命をいただく以上、その価値を最大限に生かそうとする。

美味しさの追求よりも前に、命への敬意がある。

だからこそ、これほどまでに手間を惜しまないのだと感じた。

料理に寄り添う、日本酒

この日はペアリングをお願いした。

中心となるのは日本酒。

料理の説明や、目の前で行われる調理に夢中になっていると、いつの間にか次のお酒が用意されている。

グラスが空く頃には自然に次の一杯が運ばれ、こちらが気を配る必要もない。

食事への没入を妨げない、心地よいサービスだった。

これほど多くの情報と驚きが詰まった食事でありながら、疲れを感じることはなかった。

むしろ、一皿が終わるたびに、次は何を見せてくれるのだろうという期待が高まっていった。

この土地でしか、成立しない

食事の中で、東京で独立しないのかと尋ねた。

返ってきたのは、「再現性がない」という答えだった。

綾部周辺の自然から得られる山菜や、土地に根ざしたジビエ。

自分たちで育てる米。

食材を届けてくれる人々との関係。

そのすべてが、この場所での料理を成立させている。

東京へ移れば、同じ技術で料理を作ることはできるかもしれない。

しかし、ここにある自然や食材、人とのつながりまで、そのまま移すことはできない。

まさに、野の味。

店の名前が持つ意味を、食事を通して理解したような気がした。

京都駅から時間をかけ、さらに車を走らせてようやく辿り着く場所。

便利とは決して言えない。

それでも、NOMIがここにあることには、確かな理由があった。

また、この舞台へ

食材を獲るところから、育てること、切ること、調理すること、そして器や道具を選ぶことまで。

NOMIでは、何一つ当たり前のままにされていなかった。

その一つひとつに理由があり、作り手がそれを丁寧に伝えてくれる。

目の前では兄弟たちが料理を仕上げ、温かなサービスがその時間を支えている。

技術を見て、理由を聞き、味わいを確かめる。

その繰り返しが、食事を一つの舞台にしていた。

これほどまでに、美味しさの背景を知ることが楽しいと思ったことはない。

帰り道、あれほど不便に感じた道のりのことは、もう気にならなかった。

考えていたのは、またここで食事をしたいということ。

便利だから訪れるのではない。

ここでしか味わえないものがあるから、また訪れたくなる。

NOMI RESTAURANTは、私たちにとって、そんな一軒だった。

広く浅くではなく、狭く深く。

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